AlumiCua



絵の言語化について②

2015年12月16日 02:26

皆さんは絵を描く時や絵を見る時、どうやって描いてるか、どんな絵かなどを言葉にして人と話す事が好きですか?

それとも芸術は感じるもので、言葉にするなんてナンセンスだと思うでしょうか。

 

以前私は「イラストを言語化する」話をここでしましたが

alumicua.webnode.jp/news/%E7%B5%B5%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/

 

この時の私は、絵を描く時に頭の中で考えた事や自分の理論、人の絵から感じ取ったものなどを極力

「言葉」にする事が大切だと思っていました。人とそういう話をするのも好きだし、あーでもないこーでもないと

試行錯誤している中で出来た「何かわからんが良いぞコレ」という曖昧なものを極力次回もできるようにするため

何がどうなったから良いのか」を言葉に置き換えて自分の強みとしてストックする感覚で行っていました。

 

ですが、どうも他の絵描きさんを見ていると「イラストの言語化」というものに対しての思いがそれぞれ違うようで(当然と言えば当然ですが)

言語化する事をポジティブに捉える人とネガティブに捉える人がいるようでした。

知り合いの絵描きさんにも真逆の人が沢山いるため双方の意見を耳にする事も多く、折角ですので私も一度経験してみようかと

人知れず ここ1年の間絵を描く時に「言語化を極力しない」ようにしてみました。そこで感じた事をそろそろまとめてみようかなと思います。

(当たり前のことを新発見のように言うかもしれませんが生ぬるい目で期待せず見てください。また、この文章に出てくる

「絵」や「イラスト」はあくまで私が描くような昨今のアニメ、ゲーム、萌え絵の類のものです。)

 

言葉はコミュニケーションのためにある

まず最初にわかった大きな事は、そもそも言語化しない」ということは「考えない」という事では”ない”ということでした。

「は?当たり前だろ」って思う人もいるでしょうが、私は発見でした。これけっこう「理論派」は勘違いしてるんじゃないかな。

今までの私は「イラストの言語化」を嫌う人は、絵を描く時の方法論などは考えずセンシティブに感覚で絵を描いており、

その場その場で無心で描き上げたりしているものとばかり思っていました。何故その絵を描いたかを聞いても「ノリ」だったり

「なんとなく」で会話を済ませてしまうものだから、つい「何も考えてないんだろうな」って思ってしまっていたんですね。

しかしそもそも言葉とは「コミュニケーションツール」のひとつであり、他人と情報の共有する時に用いるものですので

自らがしたい事をする時や、ものや事を理解する際に必ずしも「言葉に置き換える事」は必要ではないと思います。

 

結局何が言いたいかというと 「非言語化派」は絵を描く時何も考えていないのではなく、絵を描く時はしっかりと考えて

自分が今まで培ってきた方法論等を脳内で駆使して絵を描いてはいるが(そこまでは理論派と同じだが)

それを他人と共有するための「言葉」として出力しないだけなのだと思います。

(もちろん中には絵の具の入ったバケツをぶちまけてその時できた飛沫を芸術だという方もいるでしょうが

今回の話は前述通りあくまでも所謂”萌え系イラスト”のお話です)

 

私も1年を通して、自分が描いている絵については熱く議論を交わす必要を感じた時は懸命に言葉に直しますが

以前のようにある種 「言葉を見せびらかす」ような使い方はしなくなりました。

 

 

言葉にしないメリットとするメリット

私は「どちらの方が良いか」なんて結論を出す気はなく、私に合った描き方を模索する過程で感じている現状の思いを

ただ整理したいだけなのですが、例えば完全に理論として成立していて、誰が聞いてもある程度理解できるような

イラストの技法や描き方などは言葉になっていた方がわかりやすいので良いと私は思いますが、だからと言ってなんでもかんでも

イラストというものを「言葉に押し込んでしまってはしてはいけない部分」というのも最近感じるようになってきた気がします。

たしかに言語化する事で自分の中でしっかりと咀嚼でき、納得でき、理解したと安心できる事は私も実感していますが

それと同時に「わかった気になる」「理解したと思い込む」ということもあるように思います。所詮言葉は既存のものでしかなく

私の脳内で新発見したものをその言葉に当てはめなくてはいけないわけですが、AでもなくBでもない「Cという新しい気持ち」が

沸き立ったが、Cを表す適切な言葉がないため、どちらかと言えばAに近いのでAという言葉を使う みたいな感じの妥協が

後々にミスリードを生む事もあるように思います。そもそもやはりイラストも音楽などと同じく芸術の一つであり、筆舌に尽くしがたい

感覚的な部分から感じる感動などもある為、そういった「良いと思う心」を紐解いてすべてを言語化するのには限界があります。

だからこそ、言葉にしてしまう事を毛嫌いする人もいて当然だろうと思い知りました。

 

以前までが言語化派だった為、この1年で非言語化で新発見できた部分などが楽しかった事もあって今は少し後者に与している感が

ありますが、こんな文章をつらつらと書いている時点で私はどこまでいっても「言語化派」なのかもしれないですね。

 

あくまでも「言語化派の私が非言語化な絵描きライフを送ってその気持を体験してみたんだが(ラノベ風)」の一端に過ぎませんが

長くなりそうなのでひとまず切ります。最初から非言語化派な人にはきっと何を言ってるか分からないだろうな。うん…。